東京・Hホテル・あけぼのの間。新聞記者、カメラマン、アシスタントが待つ。さっと扉が開けられ、あぺ首相登場
あぺ 戦後70年談話について、ということでしたね。
記者 え、あ、はい。よろしくお願いします。
あぺ あの談話、出す必要があったのでしょうか。1995年(戦後50年)当時の連立政権で山村富市首相が出したのがよく引き合いに
出て,2005年(戦後60年)には大泉純一郎首相が談話を出している。侵略があったとか、お詫びだとか、そんなこと、もう70
年もたった今、首相談話など出さなければならないなんて、時代錯誤と思いませんか。2012年の首相就任直後に「あぺ談話
を出す」と言い、山村・大泉談話なんかを「全体として引継ぐ」と言ったのは、出すんだったら自分の考えを前面に出して、
個別には自分の談話の特徴を入れたかったからです.
2006~7年の第一次あぺ内閣の時はそういう圧力もなかったし。あの時は、例の『週刊現代』が私の相続税三億円脱税疑惑を
報じたんで、ま、あの時は重い腹痛だといって、投げ出したのだけれど。しかし、アレもすでに時効になっていますから、問
題ありません。
だけど、2013年12月に首相として念願のアスクニ神社参拝を果たしたとき、中国、韓国から抗議がくるのは分っていたけれ
ど、アメリカから「ガッカリした」なんてお叱りが来るとは、想定外でした。あれからは中国、韓国との関係は冷え込んでし
まったわけですが、ま、のど元過ぎればなんとやらで、アメリカの指導をうけつつ、関係修復をはかってきたわけです。アス
クニ神社が、テンノーの為に死んだ人々を祀る戦争礼賛の神社だとか、戦争で人びとを犠牲にするための慰撫装置だとか、言
う人がありますが、冷静に考えればそれはそのとおりでしょう。そのどこがいけないんでしょう。
記者 そういうこともあって、アメリカは教育的指導をしてきた、ということですね。「これまでの山村元首相、野河元官房長官
の謝罪を継承すべきだ」とか。
あぺ 戦後七十年談話をどうするか、考えた結果、そして困った結果、総理の私的諮問機関として、私を翼賛してくれる16人の
「有識者」をあつめて、昨年の二月に新世紀構想懇談会を設置したわけです。16人のうち歴史に詳しい人は4人しかいない、
と言われていますが、これで十分でしょう。もともとそんなにまじめに歴史認識を懇談してもらうためのものではないんで、
私の意向を先取りしてもらえればいいわけです。要するに権力追従が好きなああした学者とかで充分。このなかにY新聞・
編集局部長とかM新聞・特別編集委員を入れたりしたのはよかった。ガス抜きとしてこれほど効果的なことはありません。
これは思惑通りでしたね。こうした大手新聞社のボス達と定期的に会食をしてきたかいがあったというものです。
記者 その報告が談話の骨子になった、ということですね。
あぺ そういうことですが、やはりアメリカの意向もあるし、「植民地支配」、「侵略」とか、「お詫び」とか、しっかり入れ
ましょうという内容だった。いわゆるアリバイづくりというんでしょうか。だから、結果として、というか思惑通り、報
告はそのまま取捨選択すれば談話になるような内容だったわけです。岡北君はそこのところ、うまくリードしてくれまし
た。有識者というのは、植民地支配とか侵略とかの主体を隠す書き方がうまいですね。源氏物語以来の伝統です。報告は
ちょっといいかえればそのまま談話に使えるものでした。筋書通り、期待通りのウソ、いや報告を書いてくれたんです。
記者 「あペ談話の歴史論議は、試験問題をうっかり読み間違えた学生の答案のように見える。日本が旧満州を侵略した理由を
問われたのに、真珠湾攻撃の理由を答えてしまっている」と評した人がいました。朝鮮や台湾の植民地化も無視している、
って。
あぺ まったく怪しからん評でした。私は報告書に沿って書いただけなのに。
記者 談話は山村談話・大泉談話とくらべて三倍近い長さになりました。
あぺ それはもちろん、私の考えを入れていくわけですから、意を尽くすために長くなったのは仕方ありません。つまり、私
の考えるところもみんな入れて、がらがらぽんすればよかったわけです。結果的にわけがわからない、冗長だ、とかい
う人が多かったですが。まさにそこに狙い目があったわけです。
友達の『春文』とか『WELL』とか、べたぼめでした。「百点満点だ!」と言ってくれた人もいます。新聞も、「侵
略」とか「お詫び」の言葉をみて安心した、というか、批判ができなくなったでしょう。世論調査でも同共通信では、
「評価する」が44.2パーセント、「しない」が37.0パーセント。米国政府は「歓迎する」。中国、韓国も、出るかでな
いかって心配していた言葉がちゃんと出ていたんで、トーンは下がりっぱなしでした。リベラルも左翼の評論家たちも、
うじうじ言っていましたが、ワカラナイ、の連発でした。どれを入れるか入れないかではなく、ぜーんぶ入れてアリバ
イをつくって、そうしてそれをすべて打ち消す内容にすればよい。そのことに気付いた国や人は、あまり見かけられな
かった。ほぼみんな、ウーン、ワカリマセンとなった。
記者 どこがほめられたということでしょうか。
あぺ 友達がほめたのは、ほぼひとつにまとまります。「日本では戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。
あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせて
はなりません」の部分ですね。もうこれで侵略、お詫びはチョン、っていうことですね。「日本会議」は談話の翌日、
前者を引用して「日本が謝罪の歴史に終止符をうち未来志向に立つことを世界に対して発信したことを高く評価したい」
と声明を出しました。じつはそのあと、「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正
面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。」と言っ
ているのですが、これ、歴史の評価の内容はともかく、受け継ぐ・忘れる、完全に真逆のことを言っているんですよ。
どっちなんだ、と聞かれたら、「全体として」読んでほしい、ということで、これは記者会見でなんども繰り返したわ
けです。
記者 で、どっちなんですか。
あぺ だから言ってるでしょ、全体としてよんでほしいと。ま、談話をほめる人は、前の部分を強調して納得する。批判的に
見る人は後ろの部分で納得する、と。これがあぺ談話の妙とでも言いましょうか。
記者 戦後生まれの戦争を体験したことのない人、総理も1954年生まれですから、つまり、責任はない、自分としてはお詫
びもしない、こういうことですか。
あぺ う、それは全体を読んでもらえばわかります。
記者 「全体として」というのは都合がわるい議論から逃げるためにつかう常套語になっていません?
あぺ 全体として、そんなことはありません。
記者 米国、豪州、欧州などから「善意と支援の手があった」とか、寛大であったひとびとという話がいろいろ出て来まし
たが。
あぺ あれ、ちょっとくどく言ったのは、裏返しに考えてもらえばいいんですね。つまり、中国、朝鮮半島、台湾とか、戦
争の時のことをあれこれぐじぐじ言い続けるのはやめてほしい、いい加減にしてくれ、っていうことですね。
記者 従軍慰安婦のこともですか。
あぺ まあ、それもいえますが、むしろ「私たちは、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけ
られた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありた
い。21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。」のくだり
に注意してほしいです。
記者 「従軍慰安婦」の語がなかったですね。「常に寄り添う」のに、当事者との話し抜きで日韓外務大臣声明を出したのは、
へんですね。それにしても、女性の人権について「世界をリード」にはおどろきました。男女格差が先進国のなかでは
ダントツに大きく、差別が激しい日本が「リード」とは。
あぺ ま、言葉のアヤ、とでもいいますかね。年末のアレはアメリカがせかしてきたもんだから。
記者 戦争法制との関連をうかがいたいんですが。
あぺ 安全保障法制といってください。戦争は平和を守るためにやらなければならないものです。戦争イコール平和なんです。
自衛隊員が死ぬのはいやだ、とか言いますが、甘いです。日本を守ってくれいているアメリカは、多くの兵を亡くして
いますよ、身障者をたくさん残していますよ。朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガン戦争、シリア内戦介入、
アフリカ諸国内戦介入、すべて多かれ少なかれ日本のためでもあるでしょう。命を張って守ってくれているアメリカにつ
きあわないなんて、どうかしていますよ。
昨年五月の「新日米防衛のための指針」(ガイドライン)で、自衛隊はもう日本防衛ではなく、米軍の一部に入るこ
とになっています。日米軍が切れ目なく対応するということです。「切れ目なく」、いい用語ですね。アメリカ人は
いい用語を教えてくれます。そういえば、慰安婦問題で「不可逆的に」これもアメリカが要求した言葉です。日本人じゃ
思いつかない。
記者 談話のすぐあと、戦争法制を強行採決したわけですが。談話で言ったこととの整合性はどうなるんでしょう。
あぺ 談話でちゃんと最後に「積極的平和主義」といっているでしょ。さっきも言いましたように、平和のためには戦争は不
可避です。集団的自衛権が問題だなんて、どうかしていますよ。
扉がひらいて、SPと一緒にがす官房長官が入ってくる。
がす 総理、こちらにいらしたんですかっ。先ほどより経産新聞の記者がお待ちしていますが。あかつきの間で。
あぺ えっ? 経産新聞のインタビューじゃないの、これ。あかつきの間でしょ、ここ。
記者 はあ、いえ、ここはあけぼのの間です。わたしども、T新聞のものです、山田と申します。(名刺をわたす)たまたま
他の取材でこちらに。
あぺ げっ? それじゃ、……。君たち、いまのは……。全部いったん取消します。がす君、レコーダー消去させてくれたまえ。
(記者に)君たち、この内容そのまま報道したら、……特定秘密保護法があるんだから。秘密の定義はこっちがするんだ
からね、懲役十年、わかっているね。
あぺとSP、扉をあけて退場。がすと記者、顔を見合わせる。
(2016年7月『通信・労働者文学』254号に掲載されたものを一部改訂)